成功マインド

楽しい人生に謙虚さは欠かせない

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自分を人に捧げる

人には人の能力がありますから、人の上に立って立派な事を言えるようにはなれない人も大多数いるものです。
でもそんなに偉くなろうとせずとも、自分の能力で出来る事を把握しておけば無理な仕事をせずにも済みます。

いくら頼まれても出来ないものは出来ないとやんわり断れば良いのです。
中途半端にいい顔して請け負って成果を挙げられなければ、人は喜んだりはしてくれずむしろ非難もされかねません。

その代わり能力の範ちゅうでいかにたくさんの人を喜ばせられるかに人生のエネルギーを注いでいれば、その人の人生は豊かなものになります。
それは何であってもかまう事もありません。

それぞれの分野で恩恵を受ける人がいればそこに満足が生まれるのです。

喜びも悲しみもただのうぬぼれによる

テンションの上下の激しい人には、うぬぼれの傾向があります。
そもそも落ち込んでしまうのは、不憫な目に遭ったからではありません。

自分はそんな目に遭うような人物ではないはずと思っているから生じる感情に過ぎないのです。
反対に「俺はやっぱり凄い」と過度に喜ぶ場合もあります。

それは自分の実力を発揮出来た、周囲が認めてくれたとかの場合などに起こり得ます。
それも自分をそれなりに評価しているからこそ生じる感情なのです。

もともと自分にも能力はあるにはあってもそれほどは無いと自覚しておきましょう。
そうであれば評価をされなくてもそれもバカと言われても、バカと言われれば確かにバカなのかもしれないと穏やかに受け止められます。

もしも評価をされても、今回はたまたまでしかないと謙虚に受け止められるのです。
成功したのは自分の力では無く周りの人の協力とアドバイスと運が良かったからだと受け止めます。

失敗したのはせっかくのチャンスを活かしきれなかった単に自分の力不足と思っていればいつでも平静でいられるはずです。

人と競争しない

人は物心付いた頃から競争に勝つべくして育てられています。
学校では勉強でも運動でも数字を突き付けられて「これは全体の中では何番だ、自分より上の人がこんなにたくさんいるからもっと頑張らなくては」と思った事もあるものでしょう。

しかし上には上がいるものですからこれを気にしてもキリがありません。
人がどんなに凄くても自分は自分の出来る事をしていればそれでいいのです。

たとえ人と競争して勝っても一人で勝って喜ぶのは一瞬でしかありません。
勝利に喜び勇んでふと周りを見ればそこには誰もいてくれなかったりします。

そして負けたと思っていた相手の周りには、たくさんの人がいて和気あいあいと会話を楽しんだり食事をしたりとくつろいでいるのです。
たった一人で勝利の余韻に浸っているのと比べて、どちらが幸せかははっきりしています。

運動会の徒競走でみんなで手を繋いでゴールインするのは面白味も無いかもしれませんが、それ以上の大切さを教えてくれているのです。

非真面目になる

自分は何がしたいのか、それはなぜか、そのためにどうするべきか、と真面目に考え込んでしまうとたくさんの重荷が目の前に見えてきます。
夢の無い人なんて生きるに値しないなどと実しやかに叫ばれても、夢は無理やり作るものではありません。

その前に自分は何が楽しいのかを見極めれば、その方向に自然に身体が向かっていくのです。
その先にある夢を追うのは実に楽しいものになるでしょう。

あるいは自ら何かをしようとするのではなくても、何かをしなければ仕方ない状況になる場合もあります。
その時になって腰を上げて取り組むのも悪くはありません。

その場合は周囲が腰の重い自分を押してくれるのですから、それは楽に決まってます。
これはこうするものと決めつけずに状況によって臨機応変に対応していれば、周囲の変化も楽しめるものです。

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