成功マインド

「努力はいいこと」という考え方は危険かも?

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物事を戦略的に考える

「正しい努力」をするには、戦略的に物事を考えることが大切です。
そして目先のやるべきことを把握し、それをひとつずつ片付けていけばおのずと自らの理想の状況に近づいていくことができるでしょう。

たとえば「ダイエットをしたい!」と決意したとします。
数週間ほど食べる量を減らし、日々の生活に運動を取り入れてみることに満足しているだけでは、「正しい努力をしている」とは言えませんよね。

この状態は、自分が何かを成し遂げた気になっていることがほとんどで、「苦労したのだから対価として成功するだろう」と考えているだけに過ぎないのです。

また「外国で現地の人ともっとコミニュケーションが取りたいけれど、どれだけ勉強しても英語をうまく喋れるようになれない」というときは、その勉強法を考えた人がそもそもネイティブのように英語を喋れないという可能性があります。

コミニュケーションのための言葉と、試験のための言葉は違います。
自分が「試験で点数を取りたい」のか「コミニュケーションのための言葉を学びたい」のかで、やるべきことが変わってくるでしょう。

まずは「大きな目的を考える」。
そして「今後、何をしていくべきかを考える」。
最後に「実践する」というプロセスを順に踏んでいくことが大切です。

 

「我慢=努力」の危険な結果

さきほど紹介したように、努力には二種類あります。
ひとつは「戦略的な努力」ですが、多くの人が呼んでいる「努力」は、自分の体を追い込んで追い込んで、消耗させるだけの「努力」のことです。

これは「我慢している自分」に悦に浸ってしまい、「我慢しているのだから目的に近づける」と考えてしまう状態です。
本当の意味で物事を戦略的にとらえていれば「その我慢が本当に必要なものかどうか」が分かってくるはずですが、そうでなければ我慢はときに快感となってしまい、自分に対して奢りを抱くようになることもあります。

我慢をしすぎると他の部分、犯してはいけない過ちを犯しやすくなるという研究成果もあり、「我慢=努力」の考え方の危うさは計り知れないほどです。

 

「良いことをしている」という錯覚

もう少し「我慢=努力」の考え方の危険性を見ていきましょう。
期限が差し迫っていて、徹夜で物事に取り組んでいるとき、やけにハイテンションになって疲れを感じなくなった、という経験ってありますよね。

実はそれは、睡眠不足やストレスによって考える能力が低下して、「頑張っていることがそのまま良いことである」と脳内で錯覚しているだけに過ぎません。
その状態では、普段は絶対しないような間違いを犯してしまうことが多くなります。

近年話題になっているブラック企業が、この「努力の法則」をマイナスの方向に利用しています。
たとえば、ものすごくたくさん残業をしているにもかかわらず、残業代という対価を払わず、「会社に貢献している」ということだけに喜びを感じさせるように、従業員を洗脳している場合があります。

人は疲れたり空腹になりすぎてしまうと、どうしても判断力が鈍くなり、脳の快楽物質に押し負けてしまうのです。
これでは、生物学的にも健康な状態であるとは言えません。

 

「努力」の価値が高すぎると、逃げることを忘れてしまう

「努力は気高く美しいものだ」とする考え方があります。
もちろんこの考え方はある一面では正しくはありますが、一旦逃げて対策を立てるべきなのに無謀な手段に出てしまったり、勝ち負けに異常なまでにこだわってしまったりするリスクがあります。

努力することそのものの価値を高めすぎないことが大切です。
ときには自分が属している環境はどんな状態にあるのか、立ち止まって考えてみましょう。

努力を信じている周囲の人たちに「卑怯だ」と思われることもあるかもしれませんが、冷静に損得を判断していくことが、長い目で見て自分の価値を上げることに繋がります。

 

 

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